絵とは関係ないが私が小学生の頃には下駄スケートというのがあり、下駄の下に厚い鉄板を刃に削っただけの物がくっついていて鼻緒があり、それを足にくくりつける長い布のひもが付属している。 鼻緒なのでスケートをする時は厚手の足袋を履く。 その頃松本ではみんなその下駄スケートだった。 冬になると学校の中庭や、あちこちの田んぼは臨時のスケート場になる。
何処の町内にも田んぼのスケート場があった。 田んぼが氷るころになると遊びはその下駄スケート一本槍。 今日は○○君ちのスケート場、明日はあっちの、と誘い会わせて集まっては暗くなるまでひたすら滑る他は何をしていたのかあまり記憶にない。
ネーデルランドのブリューゲルの絵なんかには木靴のスケートなどが描かれていたりするが、他では革靴のスケートも古くからあったようだ。
恐らく下駄スケートは日本だけだと思う。
その後下駄スケートも微妙に進化はするものの私が中学生になって、田んぼスケート場から山の上の美鈴湖の大きなリンクにテリトリーを広げるころになると、あっという間に皆さんスケートシューズに自然に昇格していた。
そのいつの間にか姿をけした下駄スケートは何処で売っていたのか。下駄やさんか?、それともスポーツ用品屋か?、全く覚えていない。
15年ほど前の話だがまだ娘が小さい頃、当時のポチを連れて娘を自転車に乗せあちこちの公園を散策というのが日課になっていた事がある。 当時の娘はか弱く可愛く正に父親にとっては天使のようで・・・しかしその頃に時間が戻って欲しいとは決して思わない。 時と同じで人間も同じ苦労を繰り返したいとは思わないようだ。 この絵はスッポンタケ。 未だ娘が可愛い頃(今は全く可愛くないと言うわけでもない)、竹藪にて「ねえねえとうちゃんこれなあに?」と竹の根元の奇妙な物を指さした。
こちらはキヌガサタケ。
皆さんにはどの様に見えるだろうか。虎カラーの湖底から水草が幾筋も水にたゆたいつつ水面に向かって伸びているような。 或いは無重力空間に伸びた未知の生物か・・・左右20ミリぐらいの水晶の中の別の鉱物(おそらく)中の植物の様に見える物は(しのぶ石)というのにもにているが定かではない。
雪の河口湖。 こんもりとした雪原から一本の木が生えその向こうのぼんやり煙った湖面には雪が降り続けている。 更に遠景にぼんやりと富士の姿が見える。
こちらは見た目通りゼブラストーンといいます。 オーストラリアで出る、粘土が石になった様な物らしい。(左右150ミリ)
3代目、今のポチ。 細い棒の上に登るのが得意だ。 2代目も晩年この芸を身につけたがあまり披露することなく死んでしまった。 2代目のポチは家族旅行にも石堀りにもキノコ狩りにも同行し、車で出かけると兎に角一日中山や海をうろちょろできるのだから車大好きだった。 自分に取っては吠えるべき客人(セールスや用が有ってくる見知らぬ訪問者)には大きな声をして吠える。 話しが長くなるときには入り口の横に置いてある車の後部ドアを開けると吠えるべき相手の横を矢のように駆け抜けて車の中のケージに突入。 その後は静かにしていた。 前ポチとは雷雨の山や険しい道無き道をさまよい歩いた。 確かに樹海の中にキノコ狩りに入ると迷う。 例え犬連れで入ったとしても元の位置に帰り難い。 よく溶岩のせいで磁気が一定方向に定まらないからと言われるが私の場合は磁石など持たずに山に入るから関係ない。 原因はどこまでいってもフラクタクル、景色が似たような繰り返しで成り立っている上にまっすぐは進めない。 森の中に溶岩の裂け目が在り深い溝だと夏でも雪や氷が残っている。 江戸時代の金持ちは夏にこういう処から氷を運ばせたりしたことも有るのだろう。 兎に角まっすぐ進めず景色に目印が殆どないので戻れない。 その2代目のポチは嗅覚遊びには興味がなく松茸探しはできなかったが、今ポチは臭い探しが好きで松茸ハンティングは得意だ。 但し近所の公園などで模擬訓練をしているだけで今ポチと山に入った事は未だない。 前ポチと吉見百穴の近くを通りかかった時変な物を目にした。 岩窟ホテル(明治から大正に掛けて近くの農民のおじさんが一人で岩壁を削って掘り抜きの建物を造った)。今は中へ入ることは出来ない。
ポチコ3代目は変な犬だ。 同じGシェパードでもそれぞれ全然違っていたがこいつは特に変な犬だ。 椅子に座っていると床に落ちている小さな紙のかけら等を咥えてきてはチョコンと膝の上に置く。 その小さな物を手で弾いてやると空中でキャッチし再び膝に置く。 床に落ちているものによっては膝に乗りにくい物もあるが何度も口でくちゃくちゃしながら器用に乗っける。
これは唾液でベチョベチォになった紙の切れっ端を置くところ。 けっこう迷惑な話だが膝に置かれた物をゴミ箱に捨てるとどこからか見付けてきてはまた膝の上に置くそれも捨てるとまた見付けてくる。 こんな小さな物で遊ぶのが好きな犬は初めて。
指で弾かれるのをじーっと見つめて待つ。 じーっと念じると飛んでくると思っているらしい。
誰にも思い出の味で既に食べられなくなってしまった物というのが一つや二つはある物だろう。 当然私にも。
うんこではなく、
写真の四角いものは黄鉄鉱の自然の結晶、黄鉄鉱の結晶も様々な形があり鉱物には興味のない人でも面白いと思う様は沢山あるがそれを紹介するのは後ほど。 とある宇宙船の乗組員が宇宙空間で金属光沢の大きなこれと遭遇したら恐らく未知の生物が作った未知なる物とのコンタクトと思うだろう。 そんなプロローグのSFは作れないかと思っている。 10p以上の巨大なサイコロも産出する。
スペインのとある崖にこの様にボコボコとひっついているらしい。 ぜひ現地でその姿を見てみたい物だ。
一方この写真はタイのプーケットで物々交換で手に入れたルビーを指輪に加工した物。
ずいぶん昔、小学生のころ毎日眠りにつくのが一番の苦痛だった。 眠ろうと目を閉じると宇宙の事を考えてしまう。 意識は太陽系の外へ、銀河の外へ、銀河団の向こうへと辿りやがて宇宙の果てへ、そしてその向こうは・・・と考えるとその向こうは何処まで行ってもある。
その眠りと、覚醒との狭間には決まって同じ映像を見る。 暗闇の向こうからピアノ線の様な物が波のように押し寄せてくる。 その上を自転車に乗り私がいつまでも辿ってゆく。 自転車というのが子供らしくてたわいない感じはするがとにかくこの(エルム街のフレディー)私のフレディーはピアノ線だった。 それを辿るのがイヤでイヤで、眠る前の長い時間はとても苦痛だった。
以前、イタリアの雑誌の記者がインタビューに来たことがあった。 イタリアの雑誌だが記者は日本人の女性だった。 人生始まって以来の不覚。 4時間も待たせてしまって(仕事の都合ではなく寝ていたのだから全く会わせる顔がない)と言っても顔を合わさないでは更に困らせる事になるのでひたすら謝ると共に私としては最上級の愛想良さで接した。 とはいうものの、最近は若いころとは違いずいぶん愛想が良くなったと自認している。 年をとると嫌われたり笑われたりすることがあまり怖くなくなり、普通程度にはおしゃべりになるものらしい。 インタビューの中で「イタリア映画で一番好きな作品は」と聞かれ私は迷わず(フェリーニのアマルコルド)と答えた。
芝生の屋上などというと凄い家を想像しそうだが、実はとても小さな家だ。 以前MXテレビの狭小住宅の特集で紹介されたぐらいだから普通よりずっと小さい。 番組内で石原慎太郎に「都内の住宅事情に関しては身につまされるものがある」と言わせた程の小さな敷地をできるだけ広く使おうという特徴のある家ばかりだった。
猫の額ほどの芝生の屋上だがポチはここが大のお気に入り。