2014年01月18日

幸福

幸福−1.gifポチの場合は眠っている時にかぎって幸せを字に書いたような絵に描いたような・・・それを眺めている人をも幸福にする力がある。

最近幸福学なる学問があるらしい。 
NHKの「白熱教室シリーズ」でやっていて、けっこう私はその教室の比較的熱心な受講者であるのだが、幸福学と題された回については「なんと軟弱な面白い筈はないだろうが、少しだけ聴いてみようかな」としばらく我慢して聴いていると、これがけっこう面白く、意外と「みっけもの」だったのである。

数学、哲学、人生の選択、等々様々なシリーズどれも面白い。

幸福−2.gifその馬鹿にしていた「幸福学」により気づいた極重要な事柄があるのである。

その幸福学の分析によると、私は間違いなく幸福である。

一部を紹介しよう。 殆どの人が結婚して子供ができて暫しのあいだまでは幸福度が高く、子供の可愛さと、釣り合いがとれないほどの負担をかかえるあたりから幸福度が下がってゆき、60歳ぐらいになると上昇してゆく。

まあ、これはアメリカの場合で、日本の場合は例外的に老いるのにしたがって更に幸福度が下がってゆくそうである。

私はアメリカ型である。


幸福になる方法の一つに職業を選択するさいに収入を第一条件にしない、というのがあった。
私が大学生の頃には収入で就職先を選択する者はほとんどいなかったし、事実私の最初の給料は以前にも書いたかとおもうが僅か6万円である。

今と物価が変わらない時代のはなしである。


当時の風潮としては映画を職業とするならば食えない事を覚悟せよというのが常識だった。

映画監督は美人女優を奥さんにして食わせてもらうのが自慢な時代の話、アニメ監督の場合は編集ウーマンや、仕上げ女子や、或いは漫画家の奥さんに食わせてもらう。
この場合は美女である必要はない。


とりあえず演出家は奥さんに食わせてもらうだけの価値ある人間でなければならなかった時代である。



最近私の講義を聴きにくる学生の中にアニメ志望の子達が激減した。
あまりアニメは食えないといわれているからだそうである。


幸福学に戻るが、幸せを掴みたかったら収入で職業を選ばないことが賢明な選択に間違いない。


posted by 敏文 at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記