2014年10月21日

なにゆえ松平は執事喫茶を辞めたか

 そろそろ良いだろうから、これも書いておかなくっちゃな・・・と思う。

 そう、今更ながらに懺悔をすると、池袋のスワロウテイルという執事喫茶で2年程アルバイトで執事をしていた。  源氏名は松平と言う。 そろそろいいだろう。
 何故やめたか、の前に何故始めたかを話さなければいけないだろう。
 もう60も過ぎると知性は増えるが、新鮮さは滅亡する年頃、一般の会社では定年を迎える年である。
 まあどこの職場でも若者や女性に受け入れずらくなると退職を迫られるのは、甘やかされたおじさん達も例外にもれず、天才、秀才以外はそろそろ・・・の段階に自然にいたるのである。
 然るべくして、収入も減るから別の環境に生きるすべを探ろうとするのは凡人の当然の行いであろうか。

昔、誰もスリーピースなど着ていないころ、三つ揃え滝沢と呼ばれていたことは既にお話はしたと思うが、けっこう私はフォーマルが好みだった。 今はというとアウトドアな機能性を優先するが、若いころは誰も着ないオールドファッションなフォーマル男だったのである。

そんなこともあって、この年になったらモーニングや燕尾服姿の仕事なんて一生に一度はやってみないと気が済まないではないか。

・・・というわけで執事喫茶の面接に行くことにした。
客商売も苦手だったし、テーブルのスケジュール管理なども苦手なことだったが、フォーマルの着こなしでは、ちょいとうるさ方であって、私のそれに比べると先輩たちのそれは私にはアニメ的だったり、とってつけた感がいっぱいでどうもいただけなかった。

「みんな偽物だ」
でもしばらくは客商売ができるかどうかやってみようと続けることにした。
毎日押し寄せるそちら方面のお嬢さん、おばさん、お姉さん、おばあさん、等々、殆どはイケメンフットマンと目を合わせたくて、あるいはペアーのお相手を捜しにお出かけである。

中には、私の知的なお話し目当て、という方もたまにはおられたし、私自身を「イケメン」とおっしゃる若い子もいたりするから「世の中は好き不好き」というか「蓼食う虫も・・・」とはこのことか、と思ったのである。  そういった変わり者のお嬢さんや奥さんがいる間は止められんものである。
まさに望まれる事の幸せ感を勉強した。


続けている間に良輔さんから「監督やる?」っと電話があったり、あちら方面から「絵コンテ」の依頼などもいろいろあったりしたが、都合上断らなければいけないこともあって。
いくら望まれていても、執事喫茶に努めている限り、逆に貧乏になるばかり。




 
 

 
posted by 敏文 at 00:42| Comment(4) | TrackBack(0) | 風俗