2015年05月05日

その-12

Untitled.bmp昨日より今日の方が更に声が復活。
ポチも言うことをきくようになった。
体重も増加に転じた。

一年で死ぬといわれたが死なない気がしてきた。

いつも喧嘩になる主治医が、悪いことだけでなく、内科らしい気配りをした。
尿酸値が高くなっていたので下げる薬を処方したのだ。

放射線治療では細胞がどんどん破壊されるのでプリン体も出るは出るは・・・尿酸値が恐ろしく高くなるのだ。

この医者が見張っていなければ痛風になるところだった。
初めて主治医の一人として認めた。
タグ:抗がん剤は
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2015年05月03日

その-11

ゾウノかわ.jpg放射線治療に通い続けて、治療日だけを数えると20回目が過ぎ、少し広めに強めに、胸に当てている、これ以上当てると骨髄に損傷を与える可能性があるので、次回からはピンポイントで4方向から当てることになる。

さすがに15キロほどやせて全ての脂肪を使いきり、筋肉もずいぶんと破壊したから少々きつい。
皮膚もななめに当たったところが日焼けしたようになる。

放射線治療のメカニズムを紐解こう。

普通はX線を当てる、加速器で粒子を加速して当てると、癌の遺伝子も、健康な細胞の遺伝子も損傷し、どちらの細胞も死ぬ。

ただし、普通の細胞は一日で生まれ変わる。  それに対して癌細胞は何日かかかるのである。
その結果、筋肉も、他の健全な細胞も被害は受けるが、癌細胞のダメージが大きい、というわけである。
自然界でも微量の放射線によってそのメカニズムで我々の体は守られている。

実に、きついが、合理的な治療法である、と私は思っている。

大分声も出るようになったし、食えるようになりはじめた。

これからピンポイント攻撃が13回続く。
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2015年05月02日

龍三と七人の子分たちに出てきた風呂屋

風呂屋.gif以前紹介したうちの近くに唯一残っている風呂や。
「龍三と七人の子分たち」に出てきた。 ただし、もう潰れてしまった風呂屋としてである。
多分この風呂屋はまだ生き残っていると思う。

映画としては良い出来ではなく、コントを見ているようだ、シナリオがもう少し煮詰められるだろう。
いいアイデア満載なのに残念である。

でもジジババのカップルが久々に映画館に押し寄せていて、若者も混ぜ満員だった。
じじいが活躍する映画を待っていたのだろう。
良いことだ。

私のジジババアニメも実現してくれるプロデューサーを待っている。
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2015年05月01日

大戦が終わって一人の映画監督がつぶやいた

伊丹.bmp多くの人が今度の戦争でだまされていたという、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかったとしたら、今度のような戦争はなかったにちがいないのである。
「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。

伊丹万作
タグ:第二次大戦
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2015年04月30日

その-9

輝安鉱.bmp埼玉病院に帰ると担当医が待っていた。
癌センターからの手紙を見て、やはり抗がん剤をやるべきです、という。
私の決意は変わらない。
担当医はご家族に会いたい、という。 私はというと、「妻も同意しているし娘も、私が死んだとしても動揺はしない」という。

担当医は家族を説得したいらしい。

そのうちにもう一人の医師が入ってきた。 意見を言うのか、と思ったが、何も言わずに聞いているだけだ。
担当医が立会人を頼んだらしい。

私のケースで抗がん剤を使わないと、評価に影響する事を恐れてのようである。
(命をかけて、こいつの根性のベクトルに影響を与えてやろう)と強く思ったのである。


しばしやり取りの後、「放射線治療は生涯に一度きりしかできないのです、抗がん剤を併用しないと癌を叩けないのです」と強く言う。
「なぜ一度きりなの?」   
「放射線は蓄積するのです」
「放射性物質は蓄積するが、放射線は蓄積しない」と私。
「知らんが、決まっているんだ!詳しいことは専門家に聞いてくれ!」
「主治医は専門家でなければならない」

・・・


「わかりました、患者さんが決める事ですから」・・・ふうーっと主治医は肩を落とした。

タグ:放射線とは
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2015年04月27日

その-8

雪の表面.bmp癌センターへ行くとゾンビがうろちょろしている。
なんとなく、みな生気がないのである。
こんなところへ入院したら私もゾンビになってしまう。 絶対にここへは入らない決意をして、医師に合う。

医師も気分が悪くなる程のいかにもサラリーマン的な、ヒューマンな心の持ち主でなく、情熱もなく、温かさも冷たさもなく、なにかメガネの億に邪悪な光を秘めた気持ちの悪い医師だ。まさにゾンビの医師だ。
しかし、いろんな説明を受けることは、決して頭を混乱させることではなく、決意を硬くするのに役立つ。

私のケースでは・・・と抗がん剤を使ったときと使わない場合の存命率のグラフを書いて淡々と説明する。
縦軸に人数、横軸に時間軸。  100人のデータである。

放射線治療のみの場合は1年後の生存率がゼロパーセント。
徐々に一人づつ死んでゆき、一年後に丁度100人目がゼロに接する。

一方抗がん剤を併用した場合は3年後に生存率が20%、曲線は3年後に20人を残して切れている。

何故100人のデータなんだろうか・・・?
「無意味な変なグラフだぞ・・・怪しい」 数学的センスがまるでないグラフだ。
やはり抗がん剤は成績が悪すぎる。

放射線治療とケトン食のコンビネーションを試してみる決意をし、早々に逃げ帰った。
タグ:畑に枯葉剤
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2015年04月23日

その-7

あかしろ.jpgそう、放射線治療が始まる予定だった日の事。
放射線科の医師に主治医になってくれ、と頼んだら、少し騒ぎになった。
「どうも担当医と信頼関係が築けていないようですねえ」
「立っていられる間は抗がん剤の投与は続ける、などと抜かす医師をどうして信頼できるのだ。そして幾つか使う予定の抗がん剤のメカニズムを説明できないとはどういうことか」
「では、セカンドオピニオンを試してみますか」
「セカンドオピニオンだと時間がかかるので診察ということで」
・・・というわけで紹介状とデータを持って有明ガンセンターへ行くことになった。
「時間がかかるようでしたらすぐ帰ってきてください」と言われて。

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2015年04月20日

癌とお近づき-6

白金.jpgいま、私には主治医が4人存在する。
一人目は前出の主治医にするには経験不足で頭のよろしくない主治医、私の質問に答えられない、説明する能力のない主治医である。   病院の常駐内科医であるのでしかたなく付き合っている。

二人目は今治療を受けている放射線科の、常駐でない比較的経験豊かな、質問に答えられる医師である。
私はこの医師に主治医になってもらえないか、と頼んだのだが、内科が主治医ですから駄目です、と言われてしまった。 「でも最善を尽くします」と言ってくれてている。

3人目は滝沢塾の塾生でもある主治医、彼は専門ではないので、比較的スタンダードな意見だ。

4人目は近くの開業医で何かといつも世話になっている。 癌のことも研究熱心で、漢方医の資格も持っている。 



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2015年04月19日

癌とお近づき-5

Untitled.jpgそう、良輔さんから久しぶりに電話があった。
「ちょいと新しいのをはじめかけているんだけど手伝ってもらおうかと思ってさ」
声が良く出ないので、私の話は通じにくい。
やっとの思いで私は癌で、いつ死ぬかどうか・・・てなわけであるのを伝える。

私はというと手伝うとも手伝わぬとも言わずに、良輔さんがらみで止まっている計画を抱えていて、「死ぬまでにアンモナイトを切りたい」と伝える。

良輔さんが金をだし、良輔さんの知り合いの石屋さんで、60センチのアンモナイトを二つ割にし、中を見る計画がとん挫したままになっていたのである。

「癌か・・・そりゃあ大変だねえ、分かった、分かった・・・死ぬまでにアンモナイトを切りたいんだね、さっそく用意する」
 死ぬまでに、「死ぬまでに・・・したい」を何回いうことが出来るか。
続く
タグ:死ぬまでに
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2015年04月15日

癌とお近づきになる事-4

Untitled.jpgさて、私よりもショックを受けている人がいるようだ。
それに該当する読者の方には大変申し訳ないが、通過して大人になっていってもらいたい。

現在の私の様子は分類的にはステージ3、食道がんである。 ただいま放射線治療に毎日通っている。
ポチを車に乗せ、ポチの散歩も兼ねているので一石二鳥である。

平均的な医学的見解はというと、放射線治療だけだと一年後の生存率がゼロパーセントだそうだが・・・私は抗がん剤を拒否した。 なぜか・・・主治医が抗がん剤のメカニズムを説明できなかったからだ。

こういうとまたショックを受ける人がいるので、少しオブラートに包んでおこう。
まだ奥の手はいろいろあるのだ。 只今、その奥の手のいくつかを実行している。
只今、ポチとどちらが長く生きるかを競走している。
条件的には、ポチのほうがずっと有利である。

そんなある日、リョウスケさんから電話があった。
タグ:生存率0%
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2015年04月07日

続続百闌齪^

「スンダ事ニ用ハナシ、モウ今日限リ止メル也」と書いて、今日の日記は、お仕舞にした。内田百閨@ 風呂敷包
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2015年04月06日

続百闌齪^

生きているのは退儀である。 しかし死ぬのは少少怖い。死んだ後の事はかまわないけれど、死ぬ時の様子が、どうも面白くない。妙な顔をしたり、変な声を出したりするのは感心しない。ただ、そこの所だけ通り越してしまえば、その後は、矢っ張り死んだ方がとくだと思う内田百閨@無恒債者無恒心より

うまい事を言う。
タグ:死ぬのは
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2015年04月04日

2015年04月03日

駅前通り

駅前通り.gif
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2015年03月26日

売れないアニメ監督シリーズ

売れないアニメ監督シリーズ.gif最近「売れないアニメ監督シリーズ」という企画を立てるのを本業としている。 私に似たジジイが何かとでてくるのである。 しかし日の目をみることはない。

最近重ったるい話が続いているので読者がすっかり減っている。
まあしかたがない。

これから更に重たくなって行くのは申し訳ない。

重ったるいものと付き合ってくれる読者は大人です、とても感謝します。


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2015年03月24日

ガンとオチカズキになること-3

気管.gifあまり長い間更新しないと死んだのか、と思われるのもまずいので、気管はなんでもなかった。 そして私はげんきである。

元気であるのは良いのだが、ノドが圧迫されていて飯が食えないのと、声がでないまま一ヶ月も治療なしでは困る。 患者のことなど考えているとはおもえないのである。

早いとこ私としては放射線治療だけでもしてもらって飯を食いたいのである。
一時的にだとしても放射線治療で圧迫が取れるというのはどの医師に聞いても同様だからだ。
担当の医師はどうしても抗がん剤と同時にやりたいらしい。

私は時々気持ちが折れそうになる。 なんに折れそうになるかといえば、ガンに折れそうなのではなく、死の恐怖に折れそうなのでもない。
担当医師と議論が出来にくいことに気がおれそうなのである。

4-に続く

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2015年03月18日

明日は病院に一泊

雨はあまり降らないようにしてもらいたい。
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2015年03月15日

食道ガンとオチカズキになる事-2

そう、声が出なくなった。 水をむせるようになった。
の続きである。
かかりつけの医者に行くと「半夏厚朴湯」を出してもらい、「食道がんでいきなり声が出なくなるなんてことはないと思うけど、そういうのでステロイドを点滴しなければいけないのもあるから念のため耳鼻科で内視鏡で見てもらいなさい」と言われて見てもらった。 声帯には炎症が無いようだが動いていない、紹介状を書きますから病院で検査を・・・というわけで、埼玉病院へ行く。
CTを撮って血液検査をして耳鼻科へ、「多分食道ガンらしいものがありますが・・・そちらは内科で、耳鼻科的には甲状腺が気になるので来週組織を取って検査しましょう」・・・というわけで、翌日内科へ。

担当は比較的かわいい女医さんだ。
「食道の壁が厚くなっていて外側にも少し」・・・と、「経験からしていかにも悪性らしい」
いろいろ話をしているうちにあちこちに転移している可能性もありそうな雰囲気で「覚悟しておいた方がよろしいか?」というと少し肯定的な態度である。

 更に全身のCTも撮り、胃カメラも飲み、詳しい血液検査と、組織検査などして2週間が過ぎる。
食道のはやはり悪性だった。 
 常駐のおじさんの医師に担当が変わり、希望の持てそうなことはなにも言わない。
 ひょっとして全身に転移しているかも知れない、というようなことを言う。

「判った、判った、覚悟はしといたよ、でもこんなに元気なんだからあと10年は生きる予定にしておく」・・・というような気持でいた。
 「さて、あと10年で何ができるか、明日はこれとあれをやって・・・」などと思いつつ、日々を過ごすうちに、甲状腺は大丈夫、胃も腸も肺も、その他諸々もすっかり健康であるらしい。
 食道がんは外に転移していて、気管に接しているので19日に内視鏡で検査の予定である。
よくよく考えてみたら、ずいぶん前から胸のあたりの癌の感触っていうものがあったような気がするのである。 思い起こすと、母親が「のどが詰まる」と言っていた。 きっと食道がんだったのではないだろうか。

 甲状腺、その他の結果からみると人々が心配するキノコのせいではなく、遺伝と酒のせいだろうと思われる。
 それにしても私の体内のマクロファージやらNK細胞やらの諸君は、ずいぶんと頼もしい奴らだったのだと思ったのである。
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